2017年

4月

17日

お客様からの素朴な質問 No5

シーザースサラダはイタリア料理?

 

私が東京のホテルに勤めていた頃のお話です。

先ず、通常は2人前位の量をワゴンサービスでご提供していました。

厨房ではレタス(ロメインサラダ)、クルトン、ガーリック、パセリ、卵黄、オイル、ヴィネガー、塩、こしょう、アンチョビーを準備します。ほとんど当時皿盛りではありません。

ギャルソンがお客様のテーブルでワゴンサービスします。(ショー的にしないとお金が取れない料理ですね)

元々はメキシコのシーザースプレイスというレストランが発祥と言われております。そんなことを話していたらトルネード・ロッシーニ、シャリアピンステーキ、ドリアなんて話になり私は私なりにご説明しました。

昔、先輩に怒られながら教わった記憶が蘇りました!

今は、インターネットですぐに調べられますが当時は先輩の話と辞書しかありませんでしたから・・・・

こんな、お客様との話が楽しいですね、本日はありがとうございました。

 

 

 

 

 

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2016年

1月

22日

お客様からの素朴な質問No4

つい先日のお客様からの質問です。食材の偽装や産廃業者からの横流し品を平気な顔して売っていたり買ったりするのか?食材の安全制に不安があります。

私なりの主観的回答です。(模範的回答ではありません。私は番組のコメンテイターさんみたいに学歴がありませんし料理人として一法人としての会社経営に携わる立場の意見です。)

 

先ず、食材の偽装の点から・・・私が料理人になったころを思い出してみますとこれほどフレンチ、イタリアンに関して食材が豊富ではありませんでした。私は山本直文先生が書いた料理の食材や調理法の辞書から勉強しました。当時、椎茸をセップ、小エビを芝海老という先輩もいたような、そういう風に教わった・・・

確かではありませんがそんなような気がします。

当時は大して問題にはなりませんでした。業者さんの方でこういう言い方のメニューで売れますよなんて薦められていたようなきもします。

でもそれは、皆様がわかる食材だから問題になるのですがこの間あるリゾートのカフェでエッグベネディクトを注文したらポーチドエッグの上にマヨネーズがかかって提供されました。それってソースオランデーズじゃなかったなんて普通の人は言いませんよね。(ソース オランデーズ 卵黄に少量の水を入れて湯銭でかき混ぜ澄ましbutterでリエゾンする。単体でもグラタンのソースやクリームソース系のリエゾンにも使える)

確か、オランデーズソースを掛けて提供すると辞書には書いてあると思います。まあ偽装ではありませんがそういう名前は本来使えないと思います。

私は、お値段から判断しますから他人様の作った物に評論しません。¥1200位のセットでわざわざ澄ましbutter使うとは思いませんし、別にコックコートも着てないカフェでそこまでやるとは思いません。値段から考えてというレベルの話です。以前、うちの店も税込¥3800のディナーコースを食べて期待してた程でもなんて書かれたことありますが・・正月明け、食材もろくに揃わない時期に前菜、2番目の皿、メイン(牛フィレ)、デザート、コーヒー、パンでそんな事書くのは何を求めているのかが疑問です。(東京じゃ牛フィレもでねんじゃねぇ)自分で作ればと言いたくもなります。話はそれました、お店でガムシロ下さいなんてお客様が言ったら当店のはシュガーシロップしかありませんなんて返せません。そんな事まで問題視していたらマンションや建物のくい打ちの偽装なんてどうなるのか?食品のレベルではありませんね!

 

食品の横流しについてただ一言、産廃業者は知らないが弁当屋さんに限らず飲食店は安く仕入れなくては

利益はないと思います。先ず、人件費の高騰(以前は見習いだからといって安く雇用出来た)、食材の高騰、電気代の値上げ、1個¥500円の弁当を作るのに通常¥150~¥200で上げないと利益は出ません。(お弁当屋さんの場合、一般飲食店と違いドリンクも出ないのでもっと薄利多売です。50%位原価率をかけないと普通の物は作れません。しかし居心地の良い空間の店舗はいらないので地代家賃を抑えています)それも数個のレベルではなく数百個のレベルで売れないと商売成り立ちません。1日に100個売って¥50000です。一ヵ月25日の稼働で125万円,先ず一人仕事では出来ない数です。作り手2名、多忙時店頭でのレジ、梱包等一名、合計3名の人件費、地代家賃、光熱費、食材代、FLコストの原則で言えば人件費3名(2名アルバイト)約41万、地代家賃光熱費等の固定経費と必要経費(リース代等含む)41万、材料代41万でそれぞれまかなわないといけません、内税表示ならその中からお客様からの預かり金である消費税の支払い、法人であれば労働保険、社会保険などの福利厚生費と法人税(法人税は年1回赤字計上でも市税、県税合わせて8万円強)などを捻出し自分の給与分の源泉税を差し引きます。41万の中から従業員給与を差し引き残りでやりくりします。多分税込総額で20万そこそこですね。年間税込240万、お嫁さんもきませんね!独り者なら可能ですが、家族を養うとなると生活出来るわけありませし老後の蓄えや自分の生命保険なんて後回しの話ですね、住宅ローンなんて夢の話です。そうすると何かを節約するかないですね、食材を抑えるか、人件費節約かそれ以外にないことになります。今の時代そんなにお安く提供できるわけがありません。(多分、食材の節約の方に目がくらんだのでしょう!)大雑把な計算ですが地方の飲食店の経営てこんなものなのです。ちょっと難しい話でお客様も口あけて聞いてました!!

 

 

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2015年

10月

16日

お客様から素朴な質問NO3

なぜフランス料理はお店によって料理名が同じなのに盛り付けが違うの?

 

私なりの回答です。

 

先ず、私が見習いの1980年代のお話です。古典フランス料理の教科書の代表は、エスコフィエの書いたギード・キュイニエール、モンタニエの書いたラルース、ルイ・ソールニエの書いたレペルトワール(まだまだ色々あります。)これが料理を作る上での基本ルセット、意味合い違いますが作業工程表的な物。これからはいらないと出来上がりが別物になります。

日本では、帝国ホテルの村上料理長、ホテルオークラの小野料理長(厳密に言うと初代は長峰料理長で小野ムッシュは二代目)、プリンスホテルの木沢料理長、その他、その前に田中徳三郎先生、志度先生(レストランシド)、荒田先生(レストランキャッスル、街場のシェフですがサリーワイル氏の弟子なのでニューグランド系)、その位の年代の料理からにしましょう!きりがありませんから。

もともとこの年代の料理は大きく分けて帝国、パレス、東京會舘系とニューグランド系の料理に分かれていますね。要するに日本で育った伝統的な西洋料理とスイスからとわいえサリーワイルシェフからのフランス料理ですね。(ドリアなんかそうですね)その他、当時の街場のレストラン。(私たちの年代ではどちらかに属していると思います。まだまだイタリア料理店が少なかった時代でホテルでさえ本格イタリア料理店を直営にしたのが80年代中頃の浅草ビューホテルでした。当時の本場で修業された海鋒料理長のイタリア料理は格別でした)

その後、新しいホテルが次々と開業して引き抜きが行われてその部下が料理長に就任し料理が派生していきました。その例がパシフィックホテル、新宿のセンチュリーハイアット、ロイヤルパーク等など、そして70年代にヨーロッパで修業した料理人が帰国して街場のレストランが次々とオープンしてその当時の最先端のお料理がレストランで提供されていました。例えば、ランブロワジーの赤ピーマンのムース、元をたどればヴィヴァロアのクロード ペローの赤ピーマンのヴァヴァロアです。80年半ばころから日本の街場のレストランでどこでも提供されるようになりました。そして言葉は悪いですがコピーされるようになりました。一流のシェフが作るから似た様な物が出来ますが修行、経験のない人ではシンプルが故に別物になる料理ですね!フランス料理でもイタリア料理でもa laなんとかとか何々風とかその時代や歴史上の人物が好んで食べた物や地名が多いです。(基本ホテルとかで大量生産する料理はこういうメニューが多いです。例えばTournedos Opera(トルネード オペラ)という料理、エスコフィエの書いた辞書にはsauter les tournedos(トルネードをソテーする)dresser sur croutes de tartelette garnies de foie de volaille sautes madereと記載されています。この時にスタッフは、何を用意してどのようにするかルセットにそってスタンバイします。要するに牛フィレのトルネードという部位を用意、ガルニチュールでチキンレバーをマデラワインで炒めた物をタルトレット中に詰め周囲に(Entourer avec les croustades garnies pointes d aspergeliees liees  au beurre)アスパラガスの穂先をbutterでリエゾンしたものを添えると書いてあります。その係の者は迅速にスタンバイします。(これが一流ホテルの一流のスタッフです。見習いのころからこのように教育されます。)このように料理辞書に出てくる料理ではないと職場の統率が図れないし大量生産が出来ないという理由ですね。ホテルの巨大厨房では肉を切る部門、それを焼く部門、そのソースを作る部門、付け合わせを作る部門、お皿を用意する部門これが料理長の書いたメニューと厨房内の発注書、伝票から振り分けられ盛り付けで一つになりお料理として提供されます。その道のスペシャリストです。これが基本!)そうなると前に述べたようにホテルの系統により使う食材の部位、また微妙に盛り付け等変わってきます。

また、街場のお料理は作る数が少量の為と一つのお料理に対してほとんど一人で作業をするので(肉担当、魚担当、前菜担当位は分かれています)その時の最高の状態のお料理をお作りする事が可能ですね。

早い話、昔からの教科書どうりのホテルの料理(系統により異なる) と作る時点で最高の食材で若干のアレンジができる現代風に変化させた料理で名前は一緒ですがお皿の上のお料理は変わってきますね!

ちなみに私の料理のベースはオークラ、プリンス系からくるニューグランド系です。

ですから私は、帝国ホテルのシャリアピンステーキもバイキングという 言葉も使った事はありませんし、HPでも宇都宮のどこどこではこうでしたとお客様から言われてもわかりません。働いた事ないですからと書いております!! 

      お客様も納得です。

 

注、バイキングという言葉は帝国ホテルの言葉で他のホテルでは使いません。当時の犬丸社長と村上料理長が営業企画会議で、その頃上映されていた映画で海賊たちがたらふく食べている姿を見てこの言葉が採用され、現在に至ると記憶しております。いわいるスカンジナビア方面で言われているスモーガスボードですね。日本でしか通じない言葉です。

しかし地方のホテル、温泉旅館に行くとこの言葉の方がメジャーですね!!

おせっかいな私は地方に行くといつもそこで働く従業員さんにやさしくそして丁寧に教えています。笑

 

 

 

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2015年

8月

29日

お客様からの素朴な質問NO2

先日のお客様からの質問です。

お店によってはなぜ写真がNGなのか?

 

私なりの回答です。

 1、お店が狭い(テーブルの間隔が狭い )2、シャッター音が気になる 3、全てにおいて他のお客様に迷惑になる。

東京にいる友人に話しを伺うとお店の宣伝になるからOKという人とメニュー内容からくる料理提供時のわくわく感がなくなるので基本的NGと完全にダメという答えです。

 

私の主観的な意見

 1、オープンキッチンである当店は、ランチタイムは基本撮影禁止、(ランチタイムはお急ぎのお客様、軽く接待、主婦会と様々な対応をしなければならないので撮影禁止です。ディナーの場合は他のお客様にご迷惑にならない程度でお願いしております。貸切はOK)

もし仮に撮影許可した場合,すべてのお客様が撮影OKとい事になると、気になって仕事に集中できません。(以前、小さな携帯の呼び出し音でさえ気になりお客様同士でもめたこともある、お店側はどちらにもつけず営業がストップ、周りの雰囲気も悪くなる、またインターネットでお店の情報を発信してくれるということは利点もあれば欠点もあります。情報がお店のコンセプトとかけ離れてしまう、例えば子供連れでもOKと書かれてお店が子供だらけになってしまい静かに食事しようというお客様に迷惑をかけてしまうというように、断ればいいじゃないのなんていう人もおりますが、日本の場合お客様は神様ですが変な風に定着してしまいましたね。)

それにより焼き具合の乱れ、盛り付け時の集中力の欠如、自分のイライラ等、決してよいお皿が完成できませんね。下手したら火傷、けが等します。(けがは自分持ち)今では当たり前のように写真を撮って画像を載せ、投稿して何人フォロワーがいて、もうあそこに行ったんですね!とか、どうでした?とかなんてやっているようです。私もフェイスブックとかで画像を載せますけど他のお客様、周囲に迷惑にならないようにお店側に尋ねてから写真を撮っています。(基本、料理を食べに行くのでお料理の写真は撮りません)早い話、お店側にも迷惑となり静かに食事したいと思ってわざわざ足を運んでくれたお客様にも迷惑となる場合もあります。

ご自身のプログ等で投稿する場合等、最低お店にお断りして撮影しましょうとか載せるべきかと思います。私自身余り度が過ぎると些細な事が社会問題に発達しそうな気もします。

私みたいに昭和の料理人はそんなの写真なんか撮ってないでノートに書いて覚えろと親方から怒鳴られました!(笑)

  

お客様の考えはプロだからちょこちょこっと雑音なんか気にしないで出来るでしょう、こっちは客なんだから、わざわざSNSで宣伝してやっているのだから、そんな考えなのかもしれませんね。それって逆も考えられる訳で皆さん何かしらお仕事をなさって生計を立ていると思います。(自分の仕事場や神経を集中している所でカシャカシャ音たてて断りもなく写真とられてもいやですね、レストランみたいな所は事務所とは別だよなんて考えている方もいらっしゃるのでは・・・私には仕事場です。これで生計立て子供を学校に行かせて、会社で加入している社会保険、厚生年金、労災、失業保険等の福利厚生費を支払い、閉鎖したお店の借金返済しているわけで・・・)

ある口コミサイトであるレストランのことを写真NGなら何等か記載を入口にしておけばいいとか書いてあるのを拝見しましたが店側も事細かく注意事項、禁止事項を入口に記載しておくのもどうでしょうか?店側が駄目というのならダメなだけで、たとえ他にお客様がいなくても(お店側にも何らかの理由があるのですから・・)そもそも食事が目的なのでしょうから・・・

後は、大人のマナーでしょう、それがいやならもう行かなきゃいい話です。

私みたいにあまり数学の得意ではない人は周りガヤガヤしてるだけで二桁の足し算でさえも間違える事もあるのです。レジもしょっちゅう間違えてひと桁少なくなっています(笑)!!

 

        お客様もまた納得でした!!

 

 

 

 

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2015年

2月

04日

お客様からの素朴な質問

先日、常連様からの素朴な質問にお答えいたしました。

 先ず、アラカルトの注文が出来ないお店、単品を販売していないお店はなぜ?

私なりの解釈です。1、食材の無駄を出さない、2、お料理(一品、一品)のクオリティを上げる、3、仕込みの簡素化、4、高級レストランの常識 5、サービスの徹底、

 

以上、私の答えというよりヨーロッパのレストランでは常識です。

フランス料理店でいえば飲食店の形態としてはカフェ、ビストロ、ブラッセリー、レストラン、ミシュランで言う星なし掲載レストラン、一つ星、二つ星、三ツ星、その中で内装が豪華なフルシェットの数、スペシャリティ、ご予算、

以上がお店の情報、簡単にいえばおカネのない人は三ツ星には行かない。

レストラン側からもおカネや食べ方のわからない人、飲み物は水でいいですやシェアするので小皿お願いしますなんて言っているお客さんは嫌がられると思います。(お店側から堂々とお断りすると思います)

私も以前、90年代の頃、ジャマン、ランブロワージ、リュカ、トゥールダルジャン、ギーサボワには数回づつ食事に行きましたが、どちらもアラカルトはありませんでした。ランチでも当時¥12000位で食前酒やワインを飲んで¥25000位かかります。これが基本です。夜はそれ以上ですね、仕事上勉強の為に食事に行きますがオペラ座近くの和食屋さんでうどんでも食べてた方がよっぽど安上がりかも知れませんね!

(カフェでもテーブルクロスが敷いてあるお店、フーケッツとかでは嫌がれると思います)

宇都宮で言うカフェとは別物です。

レストランの認識も自動車ディーラーと同じでヤ○セ、B○W,レク○スに乗り出し100万円未満の車を探しに行かないと思います。それと同じですと伝えました。お客様には大変理解していただけました。

先ず、自分のお店でも同じですがお客様の方が断然強い立場にあると思いますが、お店のことも理解してお店を選ぶということが重要です。私のお店はそこまで本格的ではありませんので・・・・

ですから私のお店は高級フランス料理店ではありません。とHPの冒頭に示してあります。

 

       お客様も納得です!!!

 

 

 

 

 

 

 

2014年

11月

26日

昭和の香りのお客様

ディナーオープン前にドアをノックされて開けてみると一人の男性客の姿、一パイでいいから飲ませてと…店内に案内して私一人で料理作って運びますからつまみだけですよと言ってメニューを持って行きました.まずは生ビールとキッシュ、次にサラダ・ド・フリュイドメール、次にビール2杯追加して東京の某一流ホテルのお話.勿論、私もホテル出身なので話についていきます。次にソムリエの話、宮内庁の話、昭和のホテルの偉大なるグランシェフの話。天皇の料理番~日活ホテル、プリンス、ニューグランド、最後は小野ムッシュと木沢ムッシュの話。フランスでもカレーム、ユルバン・デュボワ、モンタニエ、フェルナンポワン等、そしてその弟子達の、ボキューズ,アランシャペル、クロードペロー、ミッシェルゲラール等、歴代のグランシェフが歴史を作ったのと同じで日本もヒストリーがあるのです。私も昔の事を思いだし必死についていきます。そしてvin de payを2本あけて最後に私みたいな煙たい男はどこでも断られるのにありがとうと言って握手、でも私の修業時代はお客様みたいな先輩ばかりでしたと・・・・今は、見なくなりました。昭和の香りのするお客様!私は、時間内であれば大歓迎です。

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2014年

7月

10日

後輩の枠を超えた同僚

 

私が以前、赤坂のホテルで働いていた頃の後輩が新規お店を東京でオープンさせます。

キャトルズ ジュイエに開業予定との事ですが、どうでしょうか?彼とはパリで一緒に生活していました。21歳でパリに渡り、Parisカルトポスタルのシェフに鍛えられ、有名な五十嵐シェフの弟さんや銀座レカンの高良氏や今、東京、神奈川のフランス料理会で有名なシェフと仕事をして現在に至ります。現在47歳、非常に馬鹿です!(以前、宇都宮にも同じような奴が一人おりました。もうお店は閉めましたけど)私はこんなやんちゃな男が好きなのです。もうあいつとケンカしてもかなわないから止めておけと言っても聞かないこんな奴、草食じゃなく肉食な男、もう後輩というより同僚です。本場でこれから一流になろうであろう人と仕事をすればわかると思いますが体力、知識、覚えようとするハングリーな精神、そして語学力、全て別物です。彼がよくパリのお店や日本人の諸先輩達に教わってきた事を終電のメトロでアパートに帰って来て熱く語っていた事を思い出します。あれから25年が経ち、いまだ独身でハングリーな気持ちがあることに脱帽です。(以前、過去のブログでも書きましたが料理を覚えたいと言って入門して、叱られればモチベーションが下がるなんて言っているアホランティ 本当はアプランティapprenti とは別物、うちのお店もトータルで30人位調理見習を雇ったが、だれ一人としてそういう有名店でチャレンジしたいという人はいなかった、給料がどうだ、休みがどうだ、彼女がどうだ、社会保険、ボーナスがどうだ等、店やったらこんな料理やりたいなんて言って後片付けも出来ない人ばかり、そんな人がお店を切り盛りしているから赤字でも平気な顔をしているのです。そんな店舗ならとっとと解散して閉店したほうが利口です。こういう話になると私もいつものように熱くなり長くなりました!借金返済は自分持ちですから、食事に来ているお客さんなら値段に見合えばいいんでしょうが、そんな話聞いていたら破産させられます。最初から料理人なんて選択しなければいい)!!時代が変化しても直球しか投げない男、(投げられないが正しい)こんな時代だからこんな泥臭い料理男に頑張ってほしいです。

 

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2013年

11月

26日

最後のスタッフ

  • この間、メトロに食材を買いに行ったら、そこで社員で働いている東京のホテルの後輩に長ったらしいプログはもう書かないのですか?と言われたので久々に書きます。ただ、私のはプログではなくモンク(文句)です。私のところの最後の社員が今年いっぱいで退社します。彼は丸5年、私のところで働いた最後の社員です。(もう5年だからFAでもしたらと薦めた)以前、閉店した店に入って料理の基礎もわからないまま先輩達が散らかした物のあと片付けと雑役だけで料理もろくに教えてもらえなかったので(カッコだけで仕事を教えられるような人やまともな経歴の経験者がいないが正しい)私が最初から鍛え直し、メンタルを強化して、まだまだですが卒業です。彼が将来フレンチでもやりたいのなら横浜のクラブミストラルのメンバーの南仏方面で修行された名店にでも紹介しようと思ったのですが(先日、宇都宮に誰かいない?電話があったから)将来、県南地区で創作居酒屋をやりたいと言うことなのでどうぞ・・・、彼なりに一生懸命がんばりました。最近、いつも彼に言っていること事があります。なにかのシロップにソーダやミルクなんか入れてかき混ぜてカクテルなんて言っている人いるけど、ちゃんと修行をして勉強してバーテンダーになった人達に失礼なことだぞ!ドライマティーニでも奥深いカクテルなのにジュースの出来損ないを軽々しくカクテルなんて呼ばないでくれ!料理もそうで、自分は料理を作るときにトルネード ロッシーニでもアンリ4世風でもマレンゴ風でも、当時どのような時代背景があってこの料理になったのだろうと思て作っていました。レペルトワールや辞書で調べて(その前に先輩に質問された)古典的なベアルネーズソースでもアーティチョークの下ごしらえや添え方でもガロニチュールのpomme ポン ヌッフというジャガイモのカッティングの仕方でも理由がそこにはあるのです。最後の従業員にはそんなことをいつも言っています。(多分最初からそういう教育のお店にいないから私が何を言っているのか理解出来ないと思う。でも自分でその理解できないこと事がわかるだけでも彼には進歩なのです。大多数の人は嫌になって辞めていく。辞めていっても知識、技能もないまま年だけとって雇用がない、なにも特技がないから給料も安い、でもいまさら一から修行もしたくないし叱られたくもない。その繰り返し.)わからなくても先輩方が築き上げてきた共有財産(カクテルでも料理でも)を何かの形で私は継承していかなくてはならないと思っています。
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2013年

2月

18日

素晴らしい後輩

 

 先日、千葉からのお客様がいて聞くところによると市川辺りのラーメン屋さんのご紹介だということでした。食事が終わった後、よくよく聞いてみれば16年位前にお台場のホテルで働いていたころの後輩でした。その彼の事を思い出して優秀な彼は今、ラーメン屋の店主で頑張っているんだと懐かしく思いました。彼は調理師学校を卒業して渡仏、ジョルジュ ブランで修行、帰国後にオテル ド ミクニに就職、そして結婚後ホテルに就職してガルドマンジェで頑張っていました。その頃のことを書きます。ガルドマンジェにはもう一人、クイーンアリスから来た若い料理人(彼もまた優秀)そして新人がいて総勢12名位のキッチンスタッフで130席位あるダイニングをいつもまわしていました。夜はいつも満席状態です。スタンバイが悪かったり、気を抜いているとあおられます!!そのほかにバーのつまみ等のオーダーが入り込んできます。今、思えば彼が優秀だったのは、最初のスタートでミクニさんのところでの教育が素晴らしいのかと思います。よく彼が前の職場での事を私に言っていた事を思いだします。風邪をひいていても風邪をひいた顔をするな、仕事中はプロという意識を忘れるなということです。そして自分もそのホテルを退社して自営の道を歩みました。今まで自営を始めて15年、彼みたいな部下に出会ったことがありません。(雇ってみてわかりますが、大多数の人が言っていることは料理評論家、仕事になると自分で散らかした物も後片づけ出来ない年少さんでした。自分は二度と雇わない)多分、根本が違うのでしょう。そんな彼はブレスの鶏でとったラーメンのスープに魅せられたみたいです。今では行列のできるラーメン屋さんとか。とにかく人間の基本がしっかりしている人はなにをやっても成功するのだと思いました。料理のソースでもフォンでもベースをしっかりとらないと出来上がりに差が出ます。これは、自分の人生も同じ事が言えると思います。昔、従業員にいつも言っていた、30歳過ぎたらカッコなんかつけて仕事してたら飯食っていけないよ、独身ならともかく普通の人生も送れないなんて事を・・・。結婚しても、器量がなくて給料も取れなかったらしまいには、自分の奥さんにも捨てられる。年齢を重ねれば重ねるほど仕事のクオリティーを求められます。今の時代、広告出して宣伝してるからお客様がはいるなんて思っていたら大間違い。何一つ特技、資格がないとその前に雇用がない,それ以前にやる気もない!自営やればかっこいい外車乗れると思ったら大間違い。もう十年近く言っていた(今は、何度言っても理解しないのと自分のところの利益もだせないので3年程前に解散していただきましたけど、)今度、私も並んで至高の一杯を食べに伺います。

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2013年

1月

09日

新年の挨拶

 

 今日は初詣です。毎年、筑波山までドライブを兼ねてお参りにいきます。ルートは同じで午前中に神社で参拝、(4年前にお参りしなかったらろくなことのない年になった。ただ神頼みをしなかったからではなく各店舗の仕事に対する怠慢ですけど)途中でいつもの沼田屋さんの手土産を買って結城市のアルティザンの板橋さんのところへ

そして、毎年モンブランをご馳走になって自分の子供のケーキを買って帰宅です。 板橋さんのところへ伺っていつも思う事があるのですがまずお店が清潔、マダムも店員さんも清潔感がありカッコつけているような髪をいじっているようなオチャラケスタッフやズボンがおっこちゃってそれで仕事できるの?なんて言われている様な人が誰一人といません。多分そうじゃないとオーナーの思うようなお菓子(モンブランのリミット時間やアーモンドのスペイン産にまでこだわる職人)が出来ないという事なのでしょう。以前、うちにいて市内でパティシェ―やっていたというジェノワーズも焼けないアングレーズもろくに出来ない自称パティシェ―やってたとは大違いです。ホテルクリヨンやトロワグロで経験のある人とどこかわけのわからないお菓子屋と比べたら板橋さんに失礼ですけど・・・それ以前に若い頃の修行がないというかどこで修行したかも言えないレベル!そんなわけで毎年、こちらに伺わせてもらって、私ももっとこれから刺激をうけて自分なりに前に進まなければと思う毎日であります。 板橋さん本年もよろしくお願い申しあげます。

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2012年

12月

29日

2012年ラスト営業

2012年も12月29日dinnerが今年のラスト営業です。通常営業は27日で終了いたしました。今晩は、常連様のご予約による営業です。毎年思うことがあって料理もお店も原点に戻るという事が非常に重要であるということ、私は20代のころホテルの厨房で作っていた料理、エスコフィエ、モンタニエ、ルイ ソーニエといった偉大なる料理人の書物からの古典料理に嫌気がさし、新しい料理を学びに1989年渡仏しました。バターを使用しない料理、軽めのソース、ミ・キュイの食材、真空調理等など、しかしフランスの現代の偉大なる料理人のchefも最初はクラシックなお料理を学んで現在のお料理があり現在のお店に進化しているということでする。それは、まともなレストランで修行経験をかさねたスゴン(英語のセカンド)、シェフ ド パルティエ、コミ、そしてまともで勉強好きなアポランティ(見習い)が存在するから成り立つことなのです。(以前、自分のところに入門してきた見習いも出来ない‘ あほランティとは別物です!!)料理は基本がとても重要で技術は温故知新というかなんというか・・・お店も30代のころは、いつまでもフライパン握ってもしょうがない経営者になろうと思っていたことがありましたが今は、そんなことこれぽッちも思っていません。お客様からマスター、オペラ座をパレ ロワイヤルに下って左に折れたところのレストランの名前何だったけとかヴァンドーム広場のホテルの名前て何だったけとかそんな会話をしながら料理作るのが大変気持ちいいです。その為にもいつまでも現役で鍋でもフライパンでも振りますよ!今風の料理は出来ませんけど・・(自分でやろうとも思わない)そんな感じです。 最近、お客様からよく耳にするのは、焼き方でもソースでも他店とは違いますね?いい意味で言っているのか悪いほうで言っているのか深く聞きませんからわかりませんけど・・・今年最終日、ただただ今は、基本に忠実に料理を作るということだけです。今年、サントゥールにご来店頂きましたお客様、来年もよろしくお願い申しあげます。お客様へ、parisオペラ座の 近くのシーフードレストラン(当時1989)は18.rue gaillon 75002 parisのDrouant(ドルーアン)私がparisにいたころは、ミシュラン掲載拒否でゴーミヨーで17点です。その近辺にはメルキュール ギャランとグラン・ヴェフールがあります。

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2012年

2月

18日

お客様へお願い

 

 先日、店内で携帯電話をマナーモードにしていないお客様と静かに食事をしたいお客様との間で口論がありました。お店側とすればどちらもお客様なので注意はできない立場です。よく小学生以下の入店はお断りしますとかありますけどそれは、うるさいとか、走り回るから他のお客様に迷惑になるからだと思います。自分のお店はそういう規定は設けていませんがただ、ランチタイムのベビーカーの入店だけはご遠慮頂いています。最近はよく携帯電話で写真をとって口コミサイトとかご自身のプログとかで皆さん楽しんでいるみたいですが、調理をやっているとカシャとかシャッターをきる音が大変失礼なのですが集中力がなくなるのです。パスタとかサラダとか簡単な料理をつくっている時はいいのですが、フォアグラをポワレしている時とか子羊をオーブンに入れて温度を感覚で計っている時などは非常にこまります。たかがそれくらいとお思いでしょうがキュイソンのある料理て集中力が肝心なのです。ランチタイム時は急ぎのお客様、静かに召し上がりたいお客様、接待のお客様とさまざまです。混雑時に写真をおとりになるのはご遠慮下さい。それと混雑時はコースや設定のないお料理はお作りしません。以前、パスタランチのサラダをフォアグラに変えてくださいというリクエストがありそれによりパンはどうすればいいか、お連れ様との料理の合わせはどうすればいいかとか色々な問題が発生し、ホールスタッフがパニックになります。自分もまともな仕事が出来ずにイライラしますので多忙時のリクエストはお応えすることが出来ませんのでよろしお願いいたします。但し、通常の オーダーは最善を尽くします。

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2012年

2月

07日

成長していくスタッフ

 

2012年1月から以前に私のお店で働いていた人にカシュカシュを任せている。固定経費と仕入以外が彼らの収入である。仕入の伝票を見るとあちらこちらで安くてよい品を調達しているようだ。自分はもうかれこれ15年位スタッフに言っている事があって作業と仕事は区別する。朝の買い出しは作業すなわち下ごしらえ以前の問題、次に下準備、これも作業、そしてお客様の来店があって売れて始めて仕事というふうに・・しかし、出来損なえや商品として程遠いものは仕事として認めない。私の理論を理解出来ない人はほとんど辞めていく但し、どんな人でも3カ月はチャンスを与える。私はそれでいいと思っています。逆にそれでないと困る。将来、独立開業を希望して志願してくるのだからこのくらいのことは理解してもらわないとこれから先、生き残るのは大変。大手外食産業やホテル等のサービス業の企業へ勤めてもまた自分のお店を持ったとしても結果を残さないと生きていかれない。一流大学を出たわけでもなく、フランス語、英語が話せるわけでもなく、大都市の飲食店で未来の巨匠になるような修行をしてたわけでもなく、また海外のコンクールで賞をとったわけでもない人が普通の会社はこうなんだだなんて比較しているのがおかしい事、ましてはそんな考えで料理とか、美容師とか、芸術家とか手に職をつけようなんて考えている事から間違っているのです。もっと勉強でもしていい会社に勤めるか公務員でも選択すべきなのです。30歳過ぎて家庭をもつ頃20代でがんばった人とそうではない人の差は歴然。現在店舗の代表でやっている人は、出戻りですがもう今年28歳、もう一人は24歳この2名が私の最後のスタッフです。この2名だけは、色に染まらずに自分の信念を持って修行した人達。私に叱られても、モチベーションがどうとかやる気がどうとか決して口にしない。そもそも調理師見習が言う言葉ではなく、むしろ私のほうのセリフ。そんな見習いいらないし絶対お店に必要ないのです。毎日、パソコンで売上げの計算、仕入状況等、支払いを管理して自分たちのお店のようにがんばっています。以前とは雲泥の差。理解してもらえるスタッフによって経営も会社として成り立っていきます。そんな現在があるからこそ残ったこの人たちにツケをまわすのなんて許せない事です。私自身が休みも取らないで閉店した店舗の穴埋めの為働いています。今でも当時担当していた人達が無責任にやったことなのだから穴埋めくらいは、自分達でやれという気持ちは変わりません。ましては、会社としも社長としてもそんな事を一切頼んだ覚えもないのですから、今月は売上げが悪いからといって休みもとらないで毎日仕事している彼らに30歳になったら必ず結果が付いてくると心から応援している。

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2012年

1月

08日

正月明けの緊張感

 

 昨日、ディナーでご来店頂いたお客様が以前どちらかでお召し上がりになられたと思う鹿肉のお料理が食べたいということでお作りしたのが、noisettes de chevreuil grand veneur (mode ecossais) vin rouge でマセレした鹿肉をポワレしてsauce poivradeをナッペしてpomme purre aux truffesとfoie grasを添えて提供しました。ここで難しいのは、sauce poivradeのガストリックを作る時の配合とヴィネガーの効かせ具合。酢が効かないとボケてしまい、締りのない味、カラメリーゼの焦がしが足りなければ甘すぎるしという問題が発生する。当店の場合、常にフォアグラ用にガストリックが用意してあるので問題ないのですが、それより驚いたのは、10代のアルバイトのスタッフが私の作業とお客様との会話を聞いてメモを取っているのにすごく驚いた!今まで15年位お店を運営して今までに30人位調理師見習いを雇用しましたが初めてでした。東京じゃこれが普通なのですが・・今まで見たことなかったので。私の料理も熱心なスタッフのおかげで数倍もの美味しさに変わることができると思います。 専門店はスタッフ一同料理好きで好奇心、探究心とホスピタリティーの精神が旺盛でないと運営できません。

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2012年

1月

02日

他人事ではない2号店の悩み

 

 先日、後輩から2号店を出店するので誰かいい人いませんか?という電話があった。東京という事もあり自分はあまり話を聞いていませんでした。それよりもつい先日まで人が育たないという悩みの長電話、最近の自分は店広げようとか人を育てようとかの意識がまったくなく、ほとんどゼロ。そんな悩みを持って店をやるのなら一人仕事でもすればどうですか?という気持のほうが強いのです。人で悩むのなら一人でやればいいのです。今の私もそうです。そのほうが自分なりの料理がサービス出来ると思います。そんな事をプログで書いている自分自身も数年前までは、人材の事で大変でした。以前は3店舗で総勢25名 今は、2店舗で必要な人材5名です。このほうが効率もよく生産性も高いです。専門店は味を継承してくれる2番、3番がいてそして雑役をやってくれる見習いがいて始めて成り立ちます。その地位がスゴンかただの2番目かによってまた、見習いは本当にこの仕事をやりたいのかそうでないのかによってお店は大きく変わってくると思います。私も経験があるので新年そうそう他人事ではない相談でした。

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2011年

12月

09日

恒例の食事会

 

毎年アルバイトの食事会で利用する東京、国立のシエル ド リヨンの村上さんのキッシュ、 と鶏肉のロースト、pomme de terre puree,うちの子供も大好きです。ランチは村上さんのお店、村上氏のお母様は以前、私が東京のホテルでお世話になった人です。三国さんが、市ヶ谷でビストロ サカナザでシェフをやっていた頃から息子さんは三国さんのお料理を勉強されてた人物、私もよくランチに行きました。アミューズのポワローのタルトは美味しかったです。夜は以前、ル ヴァンドヴェールでシェフをしていた木村氏のお店、彼の古典料理もまた素敵です。木村氏はフランス5年、イタリア1年の経歴があり古典料理とキュイジーヌモデルヌのちょうど間位の料理をこよなく愛する料理人です。ちょっと自己流ですが・・・ まあ21歳からヨーロッパで修行するということは、ちょっとクレイジーでなければ勤まりません。私みたいに地方都市で自営をやっていると東京近郊の料理の方が勉強になります。値段設定とか食材とかすべてにおいて、それとちゃんと修行を積んでいる人のお店が大前提です。来年からお店の従業員を連れて定期的な勉強会をしてお互い切磋琢磨してお店を運営できればと思っています。お店のレベルアップは そこからだと思います。今までみたいにあそこでやってました、ここでやっていましたなんて信じて聞いているとお店の運営が成り立ちません。そこって東京のどこにあるの?だったらともかく県内のどこ?だから何って感じです。それよりも、なにをもってやっていたとか自分がいなくなたっらお店が回らないとか、どんなところに自信があって言っているのか理解できません。私が雇用してわかるのは、ほとんどの場合い必要でないから戦力外になったと思います。宇都宮に来て初めてお目にかかる人が多いです。ちゃんとなにかしらの結果を残していればそんなことにはなりません。大きいお店を運営するとなんでもいいからとりあえず人材、これって非常に危険です。村上さんのお母様がガルドマンジェをやっている姿は、すばらしいです。頭には、頭巾をして、サラディエールを冷やして、ホールのレクラメのタイミングとシェフの調理の進行状態を確認し、30cm位上からアセゾネしてユイル、ヴィネグル、そしてメランジェ、腰にはトルション、タブリエなんかで手を拭いていません、完璧です。ホールには奥様ときれいでてきぱき動ける女性スタッフ合計4名でお店を運営している姿を見てこの体制だから完成度の高いプラがサービス出来るのだとつくづく感じさせられます。キッシュの中身はふわふわで パイはさっくりです。注、料理の写真はシェフにお願いして時間外に、他のお客様に迷惑にならないように撮影しました。なぜなら私は調理中にシャッターの音が聞こえて集中力が欠けるのがいやなのです。

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2011年

11月

27日

2011ノエルディナー

 

 毎年、クリスマス シーズンになると頭を悩ます問題がある。フォアグラ、トリュフ、オマール等は通常ランチからスタンバイしているのでなかなかメニューが決まらないのです。そんな時は去年と同じで古典料理をもう一度調べなおす。これからまた再スタート、人生も同じですが原点に戻る事も必要だと思います。 今、自分のお店もオープン当時の原点に戻りまた再スタート。毎日、楽しく料理作って、昔の料理書を読んでいます。ちょっと前までは総勢25名の給与と税金の支払いの為に働いていたようなもので自分の勉強の時間も持てなかった。また来年から姉妹店も以前の従業員に任せてこれから自分の料理に時間が作れると思います。今、自分のところで働いている従業員さんには、これから東京でもパリでも挑戦できる環境を作ってやりたいと思っています。でも、やるのは本人なのでどれだけ自分のやる気が県外でも通用するかが一番です。私も従業員と一緒に勉強ができる、これが新鮮なのです。だからパリのサンミッシェルの本屋で買った料理の本を辞書を片手に調べる事がサントゥールのクリスマスディナーのヒントにつながります。

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2011年

11月

04日

これも財産のひとつ

 

先日、偉大なる先輩から何十年ぶりかに電話がかかってきました。先輩は、ニューオータニ、東京プリンスホテルで仕事の経験があり、たしか36歳か37歳で池袋のメトロポリタン東京のバンケットシェフで引き抜かれた人です。私は当時24歳で尊敬するシェフでした。80年代初頭はイタリア料理店は、ほとんどなかった時代でホテルのメインダイニングもフレンチだらけ、各ホテルのフレンチレストランは本場フランスのレストランと技術提携をしていたりして本物がまじかで見えてフランス語が飛び交う厨房だったのです。例えば東京プリンスだったら本場フランス人シェフ ジョゼ゙ アリミ氏、オークラならジャック ボリー氏等、オータニは少し後ですがトゥール ダルジャン東京とか街場のレストランに負けないくらい情報や調理技術、言葉や食材など本場と変わらない程身近だったのです。それ以降、後続のホテルも本場の味とサービスに近づける為に、フィリップ グルートやマキシマン、トロワグロ等と技術提携をしていた時代です。その中でシェフに抜擢されるということは、まず統率力、料理に対しての知識、数字、言葉が出来なければ無理な話です。そんな中自分はレペルトワールや山本直文さんの辞書をひきながらがんばりました。この頃の話が出来るのも先輩の方々に厳しく教育を受けたからです。例えばデ、とサルピコンのきり方や大きさの違い、トンベとソテーの違い等をとっても・・・東京のフレンチレストランの厨房はまず言葉がわからなければ仕事にならないのです。そんな中、同期の料理人と朝まで料理についてを語ったり、今ではみんなばらばらになって活躍してますけど、なにか胸に熱い想いが、ロゼと生もわからないで料理やってる人も多いみたいですが正しい知識も財産のひとつだと思いました。

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2011年

10月

21日

調理師見習い

 

 最近、私のお店にお客さんとして来店してお会計の後に見習いをしたいと言ってくる人が数人いました。自分のお店は現在、見習いも調理師も一切雇用はしていません。自分としてはもういやなのです。私のお店のお料理は私にしかできないのです。チャンスを与えてやってもお店をつぶしてしまうし、ましてはアルバイトの学生にまで腕が悪いと思われているのにわかっていません。さらには社会保険だの賞与だの言い出したらきりがない。もっと勉強でもして調理師ではないもっと別の仕事でも選べばいい話です。以前のプログにも書いてある通り教えているのが疲れる。下働きができないし、なべ磨きや排水溝 の掃除など率先してやる人がいない。ましては仕事はやさしくおしえてくれるものと勘違いしている人もいます。料理なんて教えたから出来るという物ではない。以前、フランスの偉大なる料理人が料理は共有財産でありルセットは後世に残す物という観点から沢山の書物が今、存在していますがヨーロッパに勉強に行っても各レストランでフォンの取り方、食材の使い方等はさまざまです。これって自分がある程度先輩の下準備を早く来て終わらせて先輩の暇を作ってあげて教えてもらい後は、自分なりに勉強したり仕事を盗んだりして覚える事で100パーセント教えてもらう事ではないのです。宇都宮でお店をもって15年経ちますが一人として仕事に貪欲で努力している人を自分の周りでは見たことないのです。いたとしても数日で我慢ができない。教える自分だって相当我慢して使っているのもわからずに・・・他のお店にはいるのかかもしれませんけど・・・なにを勘違いしてるのかモチベーションがあがらないとか、魂がどうだとか調理師見習いがプロサーカー選手みたいな事を言っている人ばかりで、彼らの努力は小学生程度、本当にやる気があるのなら宇都宮あたりで職を探してないで東京や大阪等の大都市で勝負してみたらどうですか?多分、自分のやる気の 次元と今までやっていた仕事のレベルの違いに気づけると思います。

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2011年

8月

29日

8月もあっという間に終わります

 

8月も残すとこもうわずかです。今年も子供の勉強や夏休みの宿題等を手伝えなく終わりそうです。まあ毎年そうなんですけど8月は売上が悪かったり、宮まつりや花火大会でお客様が少なかったり色々あります。自分のお店は常連様が多いので普段と変わりないんですけど、何店舗か経営していると大変です。私の場合、昨年閉店したお店の穴埋めにおわれていますが、今年こそは休もうと思うのですけどなかなか現実は厳しいのです。そんな中、今、一緒に働いているスタッフが自分も休みを削って働きますと言ってきました。大変嬉しかったです。自分の ところで今働いているアルバイトの人もまた将来独立を考えて働いている人も現実と将来の事をしっかりと考えて修行、研鑽していただきたいと思っています。他人の店で必要とされなければ自分のお店なんて経営できるわけないし、30歳を超えて職探しを している料理人なんて自分の理想が高いだけでお店から必要とされていないのがほとんどです。実際、私のお店に面接に来る人で職務経歴書が書ける人やなにかのサティフィケートを持っているような人に出会った事さえありません。口ではやっていましたとか言っていますけど・・・現にここに50歳を目の前にして毎日必死に働いている人がいるのですから ・・・・暑い中働いてくれている現在のスタッフに感謝いたします。

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2011年

8月

07日

程良い緊張感

 

お店も15年もやっていると常連さんが多い、うちにご来店なさるお客様の大半は東京の有名店であったり、地方の有名店であったり、またヨーロッパの有名レストランであったりの名前やお店のスペシャリティー等を知っている人が多い、現地で食べてきたお客様もいらっしゃいますけど・・・・今日は宮まつりの最終日で私的には暇の予想、しかし19時にはcomplet になりました。1組は弾丸トラベラーな週末を過ごすワイン好きなお客様、あと4組は常連さんそして残りの1組は私の尊敬している結城のアルチザンの板橋さんのファミリー、いまさらプログに書かなくってもわかると思いますが板橋さんのように世界で仕事をしてきて、東京でシェフ・パティシィエを経験してきた人の料理を作るのはすごく緊張します。ましては、東京の一流料理人と仕事の経験があり、もともとは料理人だったからです。私は以前からうちのスタッフに言っている事があって料理の鉄人に出るような料理人とか有名なグランシェフとかと仕事をしたことないから料理を簡単に考えていてパスタとかサラダ位できれば見習い完了なんて思っているのです。今は、何回言っても理解力がないし自分も疲れるので雇ってません。そんなお客様を満足させてあげるには、やはりホールのスタッフの力が必要なのです。自分も久々の緊張感の中、まだ高校生ながらレクラメのタイミングと接客はまだまだ大きな可能性を秘めている、その高校生のアルバイトの女の子もサントゥールの仕事の緊張感がたまらなく好きだそうです。さすが料理店の娘さんです。そういう スタッフが一緒じゃないといい料理は完成できない。

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2011年

7月

10日

限られた時間での出会い

 

 最近、朝 週2回早起きしてある業務用のスーパーみたいな所に買い出しに行くようにしている。以前は行く気もしなかったのですが、ワインコーナーには東京のインターコンチの後輩の元料理人がワインアドバイザーで働いていたり、あちらこちらに知り合いだらけ、勿論、先輩のル・ミエルの後夷さんの姿も、そんな時にしか話も出来ないので立ち話。30歳台の今が旬の料理人や他県からの人もいるようです。情報をこうかんしたり、挨拶してなんかすごく充実した時間を過ごしているような気がしています。話は変わりますが、氏家の小林さんのサラダは美味い、センスもいい、ヴィネグレットが美味いのか教わった時代が違うのか・・・・それと後輩の友達の新里のお店も気になる、元々、東京武蔵野地区は知人のお店が多いのでそのときから気になっていたのですが・・以前は洗練されたパリの料理とか最先端の料理とか気になっていたのですが、年齢と共にキュイジーヌ テロワール的な料理が一番気になります。但し私が気になるのは、その料理には、歴史的はいけいがありその地方のオリジナルな料理を現地で触れている人のお店で宇都宮でしか修行がなく自己流の料理でありません。またお金と時間があればフランスの田舎にスタジエに行きたいです。やる気はあるんですけど。東京にいる独身の 料理ばかと一緒にと思いますがもうかれこれ24年の付き合いでイタリアに行ったり、パリに行ったり、ロンドンでは美味しくもない料理を食べたり・・もう彼も44歳になるのでそろそろお嫁さんでもとそこでこのプロクを借りて失礼します。゙料理が好きな女性様、私の後輩は花嫁募集中です。私の命令で宇都宮にお婿さんに来る事も可能です。お店の後継者としてもいいと思います。矢沢ファンでフランス経験5年、お菓子屋経験3年、有名料理人数人と東京で働いています。宇都宮にはいない熱いやつです。だれかよかったらサントゥールまでお電話ください。 いい仕事しますよ!!

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2011年

5月

15日

2日連続のお客様

 

先日、福島から2日連続でご来店いただいたお客様がおります。初日はフォアグラ付きのプリフィックスランチで2日目は隣の席にお座りになられた常連さんのお勧めのウッフ ブリュイエ(スクランブルエッグ、トリュフ入り) 那須塩原市からおいでになる常連さんはもう10年来のお客様、生クリームの脂肪分やソースの煮詰め方などとてもうるさいお客様です。(お客様に対してうるさいとは大変失礼なのすが・・)フランクにお付き合いしています。そのお客様がなんでこんなに滑らかなで上品なスクランブルエッグが出きるのかという質問に耳を傾けていたらしいです。そもそも私は80年、90年代ホテルで働いておりましたから卵料理は基本中の基本外国人のお客様は目玉焼きでもうるさいこれ当たり前の仕事だと思っています。福島からこられたお客様も大絶賛!90年台の初めアラン パサールのお店のアルページュでもアミューズで提供されていました。 たかが卵料理ですが先輩方からいい仕事を学べてよかった思います。話は変わりますが 卵料理で火の扱いを学ぶと言っても過言ではないのです。卵の固まる温度、オムレツを巻く時の火加減と混ぜ合わせ方等色々、オムレツを作らせると腕がわかります。ちなみに私がパリに過ごしてた頃、ブルギニヨンの菊地さんもアルページュにお勉強に来ていました。パリの五十嵐さんの後輩のアパルトメントに寝泊まりしていました。当時確か21,2歳です。やる人はその年代から勉強しています。さすがです。

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2011年

5月

05日

ユッケの問題

 

近頃、ユッケの問題からか牛肉を良く焼いてくださいというお客様が多いです。私が見習いの頃、もうかれこれ30年前、ホテルのメインダイニングではターターステーキという生のユッケみたいなハンバーグの原型をホールのマネージャーがワゴンサービスを行っているのが主流でした。見習いながら手をきれいに洗ってランプ肉をチョップしてそのコンジメントやガルニチュールを用意していた記憶がよみがえります。先輩に包丁洗えだのまな板消毒しろだのいやになるほど言われてからだと頭で仕事を覚えたものです。今はマニュアル化されてアルバイトでもできる仕事かもしれませんがその当時はそんなものありませんから、ばい菌の勉強など自分でしたものです。この問題は私なりに考えてそれ以前に200円台で牛肉が提供できるのがおかしい事だと思います。ましては近頃魚でも野菜でも有機野菜だの生魚などデザート付きのランチセットで1000円位で提供できる事がおかしいのです。そもそもまともな食材を使っていれば鮮魚でk/1300円位最低でもしますし。歩留まり50%ですから一人前切っただけで250円から300円、それにサラダ、パン、デザート、コーヒーをつければ1000円台前半の提供は無理ということです。ちなみに有機野菜のサラダや野菜料理は今の流通から考えればもっと無理なのです。

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2011年

5月

01日

がんばれ東北

 

私くし自身、東北地方が大好きでお正月や夏休みにも家族でよく出かけます。特に仙台のホテルや近郊、秋保、作並、松島は年に一回は必ず行っています。20代に料理コンクールに行ってから特に好き街です。そんな好きな街、風景が一瞬にして壊された映像を見て言葉も出ないほど・・・私のお店で働いていてくれた石巻出身の畠山さんのご家族が大変心配であります。心よりがんばってください。

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2011年

3月

25日

こんな時代だから

 

東北地方太平洋沖地震でお亡くなりなられた皆様に心よりご冥福申しし上げます。

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2011年

3月

23日

宇大のアルバイトの学生さんありがとう

 

今月の21日アルバイトの最後の送別会をカシュ カシュで行った。新メニューのシュミレーションもかねての送別会だった。主役の2名は4年間私の店舗で働いてくれた人達です。大変食べるのが好きで仕事好きで責任感の強い二人でお客様で彼女達のファンも沢山いらっしゃいました。一人は幼稚園の先生、もう一人は販売系で無事に4月から本採用です。私はアルバイトの学生さんにも、ランチの主婦の人にもふつうに厳しくしています。これが仕事だ、それがいやならやめてくれという感じで・・・・いまの時代いいよ、いいよでやっていたらお店の運営が成り立たないし、ましては、仕事を覚えたいと言って入門しても社長である自分よりも朝は時間に来ないし役にたたない。やる気のない人は料理人なんかやるものではないと思います。以前,アルバイトをやっていて東京なり大都市で働いている人と電話や手紙、メール等のやり取りを今でもしていますが、一人は面接の時に今までの人生で一番つらかった事についての質問に私の所で働いていたことを述べたら採用という事になって親御さんから感謝の電話をいただきました。こういう時代なので自分に厳しくが基本だと思います。

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2011年

2月

25日

オープンおめでとうございます。

 

11年前の春、姉妹店として開業した宿郷のお店、昨年の春閉店を決めて秋の婚礼の予約までと思いつつ早まり(株)デーモンドの松井さんにそのままの形で引き取ってもらいました。思い出もあるのですが、実際ここの厨房で指揮をしていなかったので寂しさとかはなかった。逆にほとんど使えるか使えないかわからない物や器具を引き取っていただきありがたかった。思い起こせばリーマンショック以来景気の低迷により宴会の減少やランチの低価格競争など日本のあらゆる職種が打撃を受けている中、理想と現実の違う事を認識もできずにカフェにしたいとか専門店にしたいとかという話し合いを数ヶ月もしていたらしい。自分の店でもないのに、このままこの人達にやらせていたら危険な状態になる。口ばっかりで実行もせず、朝もまともに起きられなく、見習いで入ってきて雑役も出来なくオレはこうなんだなんて主張してるんだったら早く辞めてくれればよかったと思います。大して仕事もできないのに理想ばっかり掲げているなら自分でお金をだして自分のお店でやってくれればいい話で他人のお店でサークル活動的な営業はやめてほしかったと思います。自分たちの店舗の売り上げも確保出来ないお店は、他の店舗の迷惑にもなるし、会社の為にもならない。そもそもかっこいい制服を着て広告をでかくだせばお客様が入り売り上げも伸びるなんて言ってる自称職場長からだめなのです。休みが少ないとか給料が低いなどは、売れない現場のトップの器量の問題です。売れない分社長である自分が休みもなく延々に穴埋めの為、働かなければなりません。実際、年中無休で働いていますけど、その前に最低の売り上げ位は確保しろよって話ですよ、その当時から私は料理人でもあるが会社の代表取締役でもあるのでもうこの店は閉めようという考えでした。主婦のアルバイトの皆様や大学生になんて言うべきなのかそんな気持ちで閉店したのです。営業している以上利益もそうですけど税金やその他もろもろお金がかかるのです。憧れや理想でお店は運営できないのです。そういう思いのお店にまた違う視点から松井さん風にアレンジした違う形態で営業するリコッタ ラティーノさんに祝福いたします。松井社長、わざわざお店まできてご挨拶いただきありがとうございました。もしよかったらオレ、バイトでもしましょうか?

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2011年

2月

17日

居酒屋グルメ

 

3月から姉妹店のメニューを変更しようと思い今年から思いついたメニューをメモに走り書き。そもそも居酒屋のメニューは料理の原点と言っても過言ではない。フレンチだったらビストロ、イタリア料理だったらオステリアというように料理の基本である。以前、自分の店にも見習いで入門して冷凍物もろくに揚げられず辞めてしまう人や、ご飯もろくにあおれずに出来たと思い込む人がいるけど料理なんてそんな物で終わりではありません。そうなるとまた基本に戻って現在、自分の店でがんばっている人に基礎をちゃんと教えてあげなければと思います。煮る、揚げる、焼く、パン粉をつける、粉をつける、パンフライにするかディープフライにするかポワレにするかソテーにするかエチュベにするかミジョテにするかとだんだんと料理技法が横文字に変化していきます。ここから入らないと料理は理解出来ません。マネージャー的役割の大学生が卒業するので厨房に熱い思いを注ぎます。

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2011年

2月

07日

研修会および送別会

 

水曜日は大変忙しいです。お昼に弁当22個を真岡まで配達して、ランチの予約をこなし14時から料理の写真撮影、夜は上尾のイル モンド ピッコロで送別会です。昔から自分は忙しいほうが好きでのんきな人をみるとうらやましいです。(うちの家内とか)分刻みのスケジュールを的確にこなしうまくいったとき時は大変気持いいです。まあフレンチなんて本場にいったら分刻みのキュイッソンと秒刻みのタイミング。これって料理にすごく大事な事。よくあるブログ等に有名店オーナーの怒鳴り声が聞こえるとか書かれてますけど、本来ならまともなレストランのサービスタイムの厨房は戦場であり本場の★付きレストランになるとちょっとした不注意が★を落とすのですから真剣そのものなのです。話は戻りますけど私の お店の学生の送別会は毎年東京とか埼玉とか県外やっています。理由はせっかく飲食店で働いているのでなるべく本場に近いお料理を提供できる店を最後の私なりの教育として行っております。金田さんのお店も地方都市ながらフロマージュの種類、デザートの種類やクオリティーとお料理それと同時にスタッフのスペシャリストとしての教育がんなされているお店でした。最後にゲストの女性にサプライズまでしていただきありがたかったです。

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2011年

2月

02日

20代からの付き合い

 

先日、20代からの付き合いの友人というか後輩というか人生の先輩というか変な奴が家族で食事に現れた。彼は以前、グランレストランを宇都宮で経営をしていたほんと数年前まで、店を閉めるときも電話でオレ店やめるからの一言。彼のいいところは意地と根性、悪いところは言い出したら聞かないところ、オープンして数年は従業員も東京帰りや有名店で修行した人もいたのでしょうが最後は一人で切り盛りしていたみたいです。彼いわく昔みたいにやる気のある人や目標のしっかりした人がいない。そんな人をあてにしてたら自分が終わる。まあ私もそうですが現代は昔みたいにただ修行したいとか、がむしゃらに料理を覚えたいとかという人があまりいない、全然いない。お店を持ちたいとか、形だけで料理やりたいとかはごまんといる。フランス料理をやるのにフランス語の調理技法もしらないし勉強すらしない。山のほうのレストランからでてきてやる気もないのに東京にあこがれている人や自分のやりたいことしか興味がない人。モチベーションが上がらないといって自分の能力以前に人のせいにする人、各店舗に責任者をおいてもあてにならないし、私も今は見習いとか料理人とか一切採用していません。その彼がジャック マキシマンの本を見て勉強している姿を見てまた違う場所でかまどの前のボナパルトを目指してがんばってくれの一言。

2011年

1月

20日

80年代の思い出、テリーヌ

 

今では、レストランでは見かけなくなったテリーヌ。私が料理人になった頃は宴会料理やレストランでも見かけた料理、いやこれが作れないとガルド マンジェは勤まらなかったほど重要な料理です。北島亭で食べたプーラルドとフォアグラのテリーヌは忘れられない味だった。料理名が間違っていたらすみません。90年代のパリのランブロワジーで食べたフォアグラとトリュフのテリーヌ、マーシュのサラダ付いて確かアラカルトで6、7千円当時かと思います。私が前ホテルクリヨンのシェフのボナさんに教わったレシピで作ったフォアグラのテリーヌ、栃ナビのサントゥールのページに載っていますが良くできた思います。当時はアーティーチョークが間にサンドしてありましたが・・・・・

日本では高くて使えません。フレッシュのアーティーチョークはうまいです。缶詰やピザの上に乗っている物とは大違いです。キュイの仕方も様々で粉を入れる人、オリーブオイルを入れる人、ただ少量のレモンは入ります。フランスではその辺のマルシェで売られています。日本では非日常的な食材ですがヨーロッパでは家庭でも味わえるのです。こういうクラシックな料理をもっと多くのお客様に食べてもらいたいと思います。

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2011年

1月

11日

正月、連休明けの暇な一日

 

お正月も明け、連休も終わり暇な一日、去年のやり残した仕事といえば大掃除、まだ最後までやっていなかった事に気づきゴム手袋をした瞬間に来客あり。うれしいのですが複雑だったりなんともいえない心境です。まあそんなときは、明日の休みの日に出てきてやればいい、休みの日に出てきて仕事をすると物事に追われずにいい物が出来たり、いい仕事が出来たり、本当は休みは休みで休まないといけないのでしょうが、お客様あっての自営です。将来お店を持ちたいと思っている人は覚悟してください。自分の思うような商売が出来る人はごく一部です。

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2011年

1月

06日

ホームパーティーのケータリング

以前から考えていたのですが、家庭でパーティーのお手伝いが出来たらなと思っていました。例えばローストビーフやチキン、テリーヌ類など家庭では諸事情で作れない物も多いです。日本もリビングダイニングのレイアウト状、魚を焼かなくなったり、台所を汚すという調理からとうざかっています。魚を焼けばリビングに煙が充満しカーテンやクッションに匂いが付いたりでも美味しい物は食べたい。この反比例する欲望を解決してやりたいと思っています。私は80年から95年まで東京のホテルの厨房で働いていましたので宴会料理や 盛り付けは得意 としております。一流ホテルのオープニングレセプションといったら政財界の大物、歌手、俳優、スポーツ選手など500名位、お昼と夜に分かれて招待されます。失敗は許されません。話は余談になりましたがその技術が生かせればなと思います。ちなみにル・ミエルの後夷さんは私の先輩です。本年もよろしくお願い申しあげます。

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2011年

1月

04日

明けましておめでとうございます。

ちょっと忙しくて年始の挨拶が4日になりました。仕事は2日のディナーから営業してました。

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2010年

12月

30日

現実は厳しい

12月30日、朝9時 気温2度買出しの帰り道4号線沿いにある美容室の前、8人位のスタッフの朝礼と挨拶の練習を外でしていました。とにかく寒いです。信号待ちで止まってみていると店長らしきリーダーの人の声は聞こえてきます。朝から戦闘開始といったところです。表面上は華やかにみえる美容業界や飲食店は裏にまわればそんなに華やかではないのです。自分は料理人ですが80年代の厨房は軍隊、先輩が烏は白といえば烏は白なのです。仕事を習うということは、まさしくそういう事だったのです。でもそれがいいとはいいませんが・・・数年前フランスの地方の三ツ星レストランのシェフは★を落とすだろうとジャーナリストに書かれ猟銃で自殺しました。自分の仕事に厳しく、いつも数字との戦いで仕事上は戦士という立場になってしまうのかもしれません。

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2010年

12月

27日

さすがに年末

今年も残すところ後わずかです。土曜日でクリスマスが終わり26日日曜日はお昼は予約で満席だったので夜は暇の予想でしたが夕方から電話が鳴りっぱなし。ありがたいです。結城市から来店されるお客様はオープンからもう14年通い続けてもらっています。当店では常連さんの席とか好みとか全て大学生のアルバイトが把握していてそれが次の学生に継承してくれるシステムがつくられています。私が命令したわけでもありません非常に助かります。そういう事ができていれば私は料理に集中できていい物がお客様に提供できる。お客様も喜び、学生もお客様と会話ができたりしてお客様の距離も近づく、非常にいい状態でお店が成り立つことになります。年末は効率よく仕事ができないとこれから大掃除やおせち用の仕込みが待っています。残すところあとわずか効率よく仕事をこなさないと大変です。また話は変わりますがお昼にフランスでお仕事をされていたどことなく品のいいムッシュがお見えになってジョエル・ロブションのお話と店名の由来などお話していきました。私は2回パリのお店に行った事があって今まで食べたフレンチの中ではナンバー1です。そのお客様80年代のまだ星が1つの頃から通っているとの事、あー宇都宮にも料理人じゃないのに本場のフレンチのシェフの名前、スペシャリティーや場所などを話せる人がいる事に感激です。レストランピラミッドも知っていました。すばらしい!!

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2010年

12月

25日

クリスマスも無事終了

2010年のクリスマスも無事に終了、片付けも終わりひと段落、今年は曜日がよかったのか若いカップルが多かったです。フォアグラ、オマール海老がプラス料金ですが随分売れました。日本人にいえることですがヴィトンやシャネルが好きなのになぜフレンチというと敷居が高いとかで敬遠されがちです。私としましては、もっとお料理にも興味をもってほしいと思っています。午前1時無事終了、スタッフの皆さんメルシーボクー!!

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2010年

12月

22日

ロラロッサを求めて

本日、ロラロッサを求めて那須まで行ってきました。クレソンでもマーシュでもバタヴィアでもチコリフリゼでもなにか日本の物とヨーロッパの物では違います。例えは悪いけど外車と日本車みたいにせっかくのクリスマスディナーなので本物を限りなく再現したいと思い朝6時に起きて知り合いの所へ、するとおせち用のレンコンや聖護院大根、フルーツトマト等クリスマスには関係ないものまで購入、そこで思ったのですが食材と触れ合う時間て料理人にとっては必要だなと、すごく創造をかきたてられる朝のドライブでした。さて今日は定休日ですが夜は常連さんで満席です。ありがとうございます 店主

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2010年

12月

21日

年齢は関係ない

さすが12月とあって大変忙しいです。多忙時期は人員のやりくりが大変です。ましては年明け一気に暇になる可能性もありますから。今は大学生と社会人、近所のイタリアンのお店を経営している高校生の娘さんと社員1名、自分と専務である家内合計で8名程度、去年はアルバイトを含めて総勢25名位おりましたが店舗閉鎖によって現在は縮小しました。大学生は全員4年生で来春卒業です。2名は1年生から3年以上がんばってもらっています。アルバイトの皆様には大変感謝しております。マニュアル作り、インターネット、販促チラシ等、率先してやってくれています。通常、社員がやらなくてはならない業務等をこなしている姿を見ていると去年は何だったのだろうとつくづく感じます。自分は東京で働いている頃から思っている事があって年齢、性別は関係なくやるやつはやる、やらないやつはいつもやらない。口はだすけどやらない。自分のお店のスタッフに心から感謝しています。来春卒業する皆様の送別会は結城のアルチザンでお茶して東京のフレンチレストランで予定しています。

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2010年

12月

19日

外国人のお客様

 最近、有り難い事に外国人のお客様が多くご来店していただいております。フランス人をはじめ、カナダ人、イギリス人、昨日はアメリカ人のカップルのお客様です。先日はフランス人がサーモンをポワレしてポーはクルスチヨン、中身はミ・キュイとの事、リクエスト通り提供するとトレ ビアンとの事、宇都宮で仕事してわかるんですけど焼き加減の認識が違うというかホポゼの時間をとらないかうか知らないというか・・・まぁそんなのなんでも゙いいんですけどそのお客様は大変満足してお帰りになりました。外国人にいえることですが、焼き具合、ソースの名前、調理方とか有名な料理とかある程度知っているということです。自分が目指す本場の人が納得してくれるビストロに一歩近づいたような気がします。

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2010年

12月

18日

スープチューリンの意味

先日、知り合いから電話が有りスープチューリンの意味はなに?ホテル時代は何気なく使っていた言葉ですが、フランスの修行時代はチューリンどころかスープもなかったので、すでに記憶からなくなっていました。70年代、80年代はワゴンサービスも多く、ホテルオークラのラ・ベル・エポックでもデザートなどはワゴンサービスでした。90年代に入り料理も進化してお皿の上の芸術が主流になり、次第にギャルソンがデクパージュやチューリンからのスープのサービスが消えていきました。それ以前はまさしく優雅な時代です。今、パリでもまたムーリス、ブリストル、プラザアテネ、クリヨン、リッツ等ホテルが主流になりつつあるみたいです。もう一度そんな優雅なフレンチが愛される時代がくること望みます。

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2010年

12月

17日

クラシックな料理

クリスマスが近づき毎年思うことは古典料理のすばらしさです。カレーム、モンタニエ、エスコフィエ、私にとってそこまでが古典、フェルナン・ポワンとその弟子達が現代のフランス料理を確立したと言っても過言ではないと思います。アイディアが浮かばない時は必ずといっていいほど古典の料理書を開いています。現代の料理人もすばらしいけど全ては温故知新である。

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2010年

12月

16日

8年ぶりのお客様

思い起こせば2000年の頃、宿郷町に2店舗目を構えた頃、(今は閉店です。)週に1,2回は来店してくれていたお客様です。私が泉が丘のお店を1年半位留守にしていました。たまには宿郷のお店にも足を運んで頂いたのですが、味が違うとかで遠ざかったようです。今になって思いますが私の料理は自分にしか出来ないのだと言うこと、私はそもそもホテルのレストランで育ったので味の継承とかスタイルとか先輩のやり方を学んでそれを後輩達に教えていった。それって当たり前の事かと思っていました。最近、お客様から言われるのがオーナーの料理が食べたくて来ているのだからと言う一言を頂戴して、俺、可能な限り現役でいようと思いました。文章が下手でうまく伝わらないかも知れませんけど!!

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2010年

12月

15日

仕事大好き人間

今まで水曜定休でしたが、いつの間にか年中無休状態。きっかけは休みの日に仕込みをしていたらお客様が結構来るのに気づきました。私もそうですけど食べたい時が食べたい時で、お客様を思えば限定メニューでも満足して帰ってもらいたいそんな気持ちで一人で店をあけてます。先日、結城市でお菓子屋のアルチザンを営業している板橋さんがお見えになったのでそれを話したら板橋さんも休みは仕込みか東京までお菓子の配達に出ているとの事、まあ板橋さんはパリでメトロの終電に間に合わないと歩きで帰ってくるぐらいのタフで仕事好きで勉強熱心な人ですから料理人や菓子職人なんて仕事が好きでないとできませんけど・・・終わり

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2010年

12月

14日

お客様に感謝

本日、雨の中ランチは常連様の予約でコンプレです。こうなると毎日地道に努力をしているかいがある事に気づきます。今の人はすぐに結果を求めようとしますが、大きな間違いだと自分はおもいます。実際に私のお店でも適当な考えで我慢もできずにすぐ辞めてしまう人がいますが、そんな簡単な考えて仕事を学ぶことはできないと思います。音楽家でも建築家、画家でも、手に職をつける仕事はそんな簡単ではないのです。ましてはお客様あっての飲食店は結果としてそういう考えでは学べません。

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2010年

12月

13日

クリスマステディナー考案中

只今、クリスマスディナーコースを考えています。私事ではありますが、パリではクリスマスディナーをレストランで販売することはなく静かにアパートメントで過ごした思い出しかないのです。そこで今回は通常のディナーコースをバージョンアップというところで落ち着きました。しかしながらこの期間は食材がバカ高くおどろきです。需要と供給のバランスなのでしょうか?

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2010年

12月

13日

NEWホームページOPEN!

サントゥールの新しいホームページが完成しました!

メニュー更新のほか、新しくシェフのブログを載せております♪

私も大好きな、シェフの食材・フレンチに対する熱い思いがのぞけます。

また、掲示板では当店へのメッセージもお待ちしております。

 

これからも、サントゥール・カシュカシュをよろしくお願いいたします。

 

アルバイト 高橋

 

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